寝台忌と名付け

nae586252018-07-26

 今日、七月二十六日は吉行淳之介の命日。暑い日だったらしい。
亡くなったのが一九九四年なので、没後二十四年になる。享年七十才。
生まれたのは岡山市だが、すぐ幼少で東京へ母親は有名な美容師だった
父親は新進小説家の家で都会っ子であった。ゼンソク持ちで子どもの頃
から体が弱くよく寝込んだ。戦後すぐ芥川賞を「驟雨」で受賞した時は
結核で肺切除の手術後で重体だった。何度も死にかけた。
四十代で流行作家になり多忙だったが、毎夜銀座の酒場にて酒を飲み
文壇バーの主役的人のひとりと言われる。女好きと言われるが、若い頃
から美青年で女性にすごくモテた。六十になり、それまでの病気と乾癬
になり酒場通いをやめる。奇病で苦しめられその後もアレルギーと肝炎
で一日を殆ど寝室で過ごす生活になった。ギャンブル好きでパチンコや
麻雀は晩年も打ち続ける。特に麻雀が好きだった。
 多作だったが、この頃は淳さんの本を書店で見かけることは少ない。
今年に「吉行淳之介ベストエッセイ」が出版された。代表作は「寝台の舟」
と言われる。そこから名を付ける。勝手にね。
 お葬式の日、村上春樹が参列したので回りの編集者が驚いたという。
群像新人賞」の選考委員だった吉行氏が「風の歌を聴け」を強く推薦し
受賞になったのでデビューできた恩人と思っていたし、エッセイでも僕は
吉行淳之介と言う人が好きだった。と書いている。
個人的には、中三から吉行本にハマりかなり小説を読んでいた。十五才の
少女が娼婦の出てくる小説を好んで読んでいたのだ。当時から少し変わって
たんだろねー間が空いてたが去年ある再会があってまた淳さん熱になり耽溺
してしまい本を買いまくり読みまくった。全集も去年末に古書で買い新年の
休みにほぼ読んでしまう。率直なところ、私も淳之介の書く文章が好きなのだなー
 不思議な偶然だが、中島らもの命日も同じ日だ。
今宵は、本を持ってささやかにビールで追悼することにしよう。